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fxwill.com
Twitterなどのサービスを通じて、「常にネットと接続している人達」と「そうではない人達」という二極化だ。
「検索サイトで情報を探す」とか「メールをやりとりする」というネットの基本的な機能は、利用頻度の差はあっても、いずれは皆が利用するサービスになる。しかし、Twitterは違うと思う。2ちゃんねるのような掲示板も、MixiのようなSNSもそうだが、ネット上にコミュニティをつくるサービスは、利用する人としない人がはっきり分かれる傾向が強い。
そうなる理由の一つはユーザー間の習熟度の格差である。この種のサービスでは、利用が進む過程で、次第に独特の慣行(略語とかマナー)が形成されていくので、それらを知らない初心者にはとっつきにくい。初めてTwitterに登録して、どのコメントを誰が発しているのかさえ理解できない段階で、「なんだかよく判らない」とやめてしまう人もいるだろう。
また、ネット上のプレゼンスは情報の発信量に相当程度比例する。たくさん情報発信していれば、多くの人に見てもらえるし、コメントも返してもらいやすい。使えば使うほど居心地が良くなるという仕組みになっているので、ヘビーユーザーの利用時間は徐々に増えていく。
ラモスの熱くていい話です。
「日の丸――。最高だ。こんなに美しい国旗、他にないよ。どんなに苦しくても、膝が痛くても、日の丸をつけていると思うと頑張れる。ほんと不思議。これまで何度もそんなことあったね。ユニフォームの日の丸。スタンドで揺れる日の丸。日の丸が目に入ると、こんなところで諦めていいのかって、また闘志が湧いてくるんだ。日の丸をつけて、君が代を聞く。最高だ。武者震いがするもの。体中にパワーがみなぎってくる。でも、日本の選手の中にはそうじゃないヤツもいる。不思議でしょうがないよ。日の丸をつけるって、国を代表するってことだよ。選ばれた選手にしか与えられないものじゃない。国を代表して戦うってスゴイことなんだよ。それを忘れているんじゃないかって思う。ワールドカップを見てみろよ。みんなあんなに必死になって戦うのは、国の代表だからだ。国を愛し、家族を愛し、仲間を愛しているからだろ。日本はそこんとこから外国に負けてる。自分のためだって?そんなの当たり前じゃない。じゃあなぜ、もっと大きいものを背負わないの?オレ、日の丸背負ってなかったら、あんなに頑張れなかったよ。ドーハの時、オレは三八歳。あのクソ暑い中で、そんなオジサンが全試合、それもほとんどフル出場。練習だって若いヤツらと同じメニューをこなしてたんだ。自分のためだけだったら、とっくに辞めてたよ。」
『学習』『科学』休刊のお知らせ
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、当グループが発刊しております1946年(昭和21年)創刊の『学習』は“「できる」よろこびと深く学びとるチカラを”をコンセプトに、1957年(昭和32年)創刊の『科学』は“小さな発見・大きな感動・科学っておもしろい!”をコンセプトに、多くのお子様に長い間愛され親しまれてまいりました。
しかしながら、児童数の減少やニーズの多様化等の市場環境の変化による部数の減少のため、誠に勝手ながら『学習』は2009年度冬号(2010年1月1日発行)、『科学』は2009年度3月号(2010年3月1日発行)の発行をもちまして休刊させていただくことになりました。
『学習』『科学』で培ってきた子どもたちを育む力は、これからも各種の科学関連教材や「科学実験教室」等に随時活かしていく所存です。
皆様の永年のご愛顧に心から感謝申し上げますとともに、突然の休刊案内にて大変恐縮ではございますが、ご理解賜りますようお願い申し上げます。
日本のパスポートは世界のほとんどの国にビザなしで入れる。
この凄さを認識している日本人(国民)はいったいどれほどいるだろうか。
パスポートはその国の国際社会におけるポジションを示す。
日本人はミシュランガイドの星を有り難がるよりも前に、
日本のパスポートが三つ星どころか五つ星と言えるほどの実力を持っていることを、
つまりそういう国に生まれたことを感謝すべきなのである。
ところが、そんなパスポートを持っている日本人の多くが、
いま享受している諸々は先人たちが
営々と築いてくれた遺産の上に成り立っていることを認識できず、
国の恩恵、保護を忘れて、自分の国を蔑み、距めようとしている。
私に言わせれば、そんな日本人は日本のパスポートを持つ資格はない。
即刻返上すべきである。
フリッカー。便利なものである。
昨日写真を始めたばかりの人でも、写真をアップすれば、世界中の人が見てくれる可能性がある。良い写真なら、たくさんのコメントがつく。世界中の人から賞賛される快感。メールボックスにはたくさんのコンタクトのメールが来る。グループの参加申請が来る。時には、海外の出版社などから写真掲載の申し込みが来る。そしてOFF会の誘い・・・。
フリッカーは、写真という中毒性の高い代物に、これまた中毒性のあるSNS(Social Network Service)が合体したものである。ある意味で、究極のSNSだと言って良い。少し前に、「ミクシィ中毒」「ミクシィ疲れ」という言葉が流行ったように、SNS自体が、下手をすると生活を破壊しかねないほどの中毒性を持っている。そして上で詳しく述べたように、写真は、SNSなんぞよりさらに純度の高い「大人の麻薬」なのだ。
私は個人的に、写真の怖さを知らない素人が、いきなりフリッカーをやるのは危険だと思っている。もし彼/彼女が写真家の”資質”を持つ才能豊かな者なら、なおさらその危険性は増すだろう。
良識ある皆様アマチュア写真家におかれましては、適度に距離を置いて、無理のないフリッカー・ライフを送られんことを。
さて、新しい写真をアップして、コメントの返事を書くとするか・・・